世紀の裂け目をまたぐ寒気団、二〇〇〇

                                 渡邊十絲子



そこに
いない
ひとに
手紙を書き、投函する
そのために便箋をたたみ
封筒をのりづけし
切手の裏を舐める

調布駅へむかうタクシーのなかで
ちいさく実況されている中山競馬場と
沈黙の熱を孕む平和島競艇場
数時間、寒気団は手をゆるめて
今世紀最大の大レースまで数時間は
手をゆるめて

調布駅の時刻、
明大前駅の時刻、
渋谷駅の時刻、
品川駅の時刻、
大森駅の時刻、

猶予している

刻々と移りかわる
雲と
空の 二度とふたたびない、このひかりとともに
時がとまっているのではなく、意識がとまっている
高速移動する車両と
それに追いつけない低速のたましい

透明に過ぎゆく時間のなかで、しかし
世紀の裂け目には
あざやかな色彩があたえられる
おととい、裂傷、顎、四針
東邦大学大森病院入院の王者の流した血
きのう、不意に永遠の留守を宣言した
テレジアの、流れやんだ血
そして
きょうの
若くあたらしいさむらいの
誇らしい勝利の、歓喜の、服の色

休憩はおわり
寒気団がふたたび出発する
ごらん、あそこで月もこごえはじめている
タクシーは
もういらない




渡邊十絲子
1964年生まれ。詩集に『Fの残響』『千年の祈り』(河出書房新社)『真夏、まぼろしの日没』(書肆山田)がある。

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