忘れない
ドアが開くと同時に「びしょ濡れだぁー」の声がどやどや侵入してきたのだった ここは原宿駅、さっきひと雨降り出したばかり 飛び込んできた奴らはエラく若い連中で 昔の「タケノコ族」を新しくしたみたいな格好だ 全員髪をいろんな色に染めており、ヒラヒラした飾りをつけている 一人なんかインディアンみたいに顔中にマークを入れてるよ CDラジカセを持ってる奴がいるから路上で下手な踊りかなんか披露したんだろう 車内の迷惑も考えず大声で笑ったり喋ったりしている でもいけ好かない取引先に会ってきたばかりのぼくは淀んでいた気分が吹き飛ぶ想い 会社員や主婦の目なんて気にしないで、もっとやれ、もっと騒げ 中で一番ウルサいのは 何と古典的なセーラー服着て黒髪をおかっぱにして黒い学生鞄を下げているフツーっぽいコだ 「面白かったあ、ポンちゃん足技スゴかったね、また来ていいかなあ?」 顔真っ赤に上気させて頭から垂れてくる雫が湯気に変わりそう 「いいけどさ、あんま学校サボんないほうがいいよ。 あーっ、キョン、ズブ濡れじゃん。最期まで見てなくてよかったのにィ」 黄色い髪を角みたいに捩じ上げて鼻ピアスした女のコが びしょ濡れのおかっぱ頭をハンカチで拭いてやる なーるほど こいつら中学時代の親友同士かなんかで、卒業後一人はプー太郎、一人は進学校へ そんでもってプーの方は路上ダンスやってて 進学校の方は授業フケてそれを見に来たんだな ポンが周りの目を気にしておとなしくなり始めたのにキョンはやたら興奮して 「スゴいスゴい、ポンちゃんスゴいっ」 想いを全身で表現してる 全身で表現 いいなあ 無意識に振り回している鞄が、座って雑誌読んでるおじさんの膝に当たって そうでなくても大声のお喋りに怒ってるおじさんをますます怒らせてるのにも気づかない キョン、ホントはさ、全然スゴくないんだよ ポンちゃんはさ、学校の成績も悪かったんだろうけどダンスの才能もありゃしないよ だから路上で踊ってんだよ だいたい本気でダンスを志す人がこんなセンス悪いカッコするかよ ポンちゃんがこの山の手線の中で伏し目がちになって恥じ入ってるのがわからないのかよ でも、いい キョンは今、踊ってる 興奮して大声を出し鞄を振り回し車輌中の人の注目を集めて 全身で踊ってる、表現してる キョン、君はこの先 いい大学入っていい会社に勤めていい人と結婚していい子を産んだとしても 今くらい輝いている時はないだろう だってさ 君がこれからどんなスゴいことをやってのけたとしても それを評価するのはせいぜい君の身内ばかりだろ? 今みたいに君を全く知らない人が君に注目するわけじゃないんだよ しかもキョンは表現することに一生懸命で注目されてることに気づきもしない ありがとう、キョン、そしてポン ぼくは会社に戻るために池袋で乗り換えるけれど このまま山の手線に乗っててくれ ぼくが君たちに会うのはこれが最初で最後だと思うけど JR東日本の電車は明日も山の手線を回る 君たちのイメージも山の手線を回る 山の手線を走る電車が原宿を通過する限りぼくは君たちを忘れない 本当に覚えてられるかな? いや、忘れない …なんつって電車乗り換えたらもう忘れてたりして 忘れるもんか
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