擦れ違い
留守電に消し忘れの声を幾つも閉じ込めている
面倒臭がりなので録音された声はいつもまとめて消すのだが
5つ6つ折り重なったその一番下の層には
母親の声がある
3年前に入ったもので従妹の結婚の知らせを告げていた
何となく消しづらくてずうっと残していた
結婚式の場所と日取りを喋ったあと、その倍くらいの時間をかけて
ちゃんと食べているかとか部屋を片づけているかとか、彼女の心配事を語っている
それらは彼女自身の心配事に過ぎず
特にありがたく思うことはない
だが留守電の声を消さなかったということは
それなりに後ろめたさみたいなものを感じていたということなのかもしれない
しばらく消さなかった事実がこれからもしばらく消さない理由になる
まあ、いつかは消すだろう
母親とは年に一度、正月休みの3日間、顔を合わすだけだ
その3日間もほとんどまともに話をしないまま
東京から持ってきたCDを聴いて過ごすのが常だ
ぼくはどうかすると、疲れた時なんかに
「おかあさん」と小声で言ってみることがある
それがぼくの母親に対して発せられたものかどうかはわからない
なぜなら
母親の顔やら何やらを思い出しながらその言葉を口にしたことは一度もないからだ
ぼくの声と母親の声が闇の中で擦れ違うのを感じながら
今夜も一人で眠りに就く
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