昇格
足元まで近づいてくるくせに触れようとすると逃げる それがソラ ご飯をくれる人間に対するノラ猫のありふれたスタンスなんだけど 最近ちょっと変わってきたんだな ソラは人(猫)の良さそうなまん丸い顔つきのメス猫で 動きももっさりしている ほら、いるだろ? 中学のクラスに3、4人 気弱そうに笑いながらグループのお尻にくっついているどん臭い奴 あれだよ、あれ ネコジャラシを振り回してやると 一応トコトコ走りはするけど、走りっぷりが鈍いので いつもファミやレドに先を越されてしまう 先を越されても悔しそうでないばかりか 何やらほっとしたような表情をして耳の後を足で掻いてたりする 追い越されるのが好きでついていくのが好き ご飯も、率先して食いつきには来ないが 最後まで居残ってしっかり平らげてくれる 「日本のお母さん」みたいな奴、と好感を持っていたんだ 先日ご飯をやろうとしてがらっとベランダの戸を開けたら ソラが1匹で歩いていた 振り返り立ち止まった、じいっと見据えられた ぼくの姿がソラのまん丸い目の中にゆっくり吸い込まれていくのが感じられた 取り込まれて凝固、そして変容? やにわにソラはその場に横になると仰向けになって寝転がった 丸い体でごろんごろん、いびつな半円が飛び跳ねてる サンダルを履いて近づこうとすると慌てて身を起こして逃げるが すぐまた寝転がっておなかを出す あああ、鈍い奴と思っていたソラも愛情を示してくれるようになったんだなあ ぼくはご飯を運んでくれるだけの存在から愛情と信頼の対象に昇格したんだなあ 昇格 という言葉を改めて噛み締めると、何だか急に恐くなってきた ソラみたいなのんきな性格の猫はぼくがかまってやらなくても 何となく生き延びていくものだと 何か癒し系っていうか日常の平穏さの象徴みたいだと、勝手に考えていたんだ しかし、信頼の対象として指名されてしまった今はどうだ 無条件に癒してもらうべき相手が癒しを求めにきてるんだよ ソラを悲しませることがあったら 平穏な生活が丸ごと失われる気がする ソラを見ていると 絶対の平穏というものが存在しないことを思い知らされてしまうんだ 昇格なんて結構、ご飯係ということで結構 今までみたいに距離を取って接してくれよ それから数日してソラは ベランダにたびたび出没しては戸の縁に体を擦りつける仕草をするようになった 戸を開けて まん丸い背中がちらちら覗き 体に似合わない細くて高い鳴き声が聞こえると ああ、ソラだな、と思う よしよし 背中を撫でてやる 大きなお尻を見せながら慌ててぼくの手を逃れ ベランダの隅っこに身を寄せるがしばらくするとまた戻ってくる 人間の手はまだ恐いけど 撫でられるのが気持ちいいことがわかりかけてきたんだ まだ間に合う、ソラを撫でるのをやめなければ ソラを平穏の象徴に戻さなければ でも結局、擦り寄ってくるソラのいじらしさに負けて いっぱい撫で撫でしちゃうんだよね そのうちファミやレド同様、部屋にあげることになるんだろうか
<TOP>に戻る