成立
おいしいのかも、しれない…な
残業を終え、いつも遅くまでやっている果物屋の前を通りがかって
ふと魔が差したように巨峰を一房買ったのだ
そういや今年まだ食べてない、秋だし、旬だし、とモヤモヤ考えた末決断
「はい、サービスのお値段です」
野球帽をかぶったおじさんが皺いっぱいの笑顔で包んでくれた
十年も店の前を通りがかっているのに買うのはこれで三度目か四度目だ
実はよく知らないおじさんに、ぼくも精一杯の笑顔を返した
果物は好きだけれど一人暮らしだと滅多に食べない
買ったまま冷蔵庫の中で腐らせちゃったこともあるしね
帰ってから早速洗って皿の上に置いた
一粒つまんで口に入れると、うまいじゃん!
この、ちょっと酸っぱいトコがいいんだよ
果物を食べると一家団欒の場というものを思い出す
イチゴにスイカにブドウにリンゴ
四季折々のそういうものを買ってくるのはなぜか大抵父親の役目で
母親がお茶を淹れると「子供たち」、つまりぼくたちは二階から降りてきて
果物に手を伸ばしながらその日起こったことやなんかを話してた気がする
ただ、具体的に何の話をしていたかなんてことはすっかり忘れてしまったし
昔の団欒がどんな光景だったかを思い浮かべることもできない
それより今目の前にある巨峰の方がよっぽどリアルだね
サービス品の割に傷みもないし
ペッと吐き出した種に微かにこびりついている半透明の実のヌルヌル感とか
艶々した皮の表面に残された白っぽい農薬散布の跡とか
細部に至るまで鮮明にぼくの目に迫ってくる
口にこそ出さないけれど
ぼくは今日起こった出来事をゆっくり思い返しているのであり
巨峰はコメントは挟まないもののそれらを順次受け止めている(んじゃないかと思う)
しぃっ、邪魔しないでね
巨峰とぼくが協力し合った結果としての一家団欒が
まさに今、成立している最中なんだ
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