なりたい姿
駅という場所には毎日足を踏み入れるわけだけどさ そうすると構内の掃除をしているおじさん、おばさんが目に入ることがありますよね 一旦目に入るとなかなか視線からはずすことができない 乗り込んだ電車の中から おーいって 呼んでしまいそう になる気持ちが微かに起こるのを抑えて 速度に流されていく姿を見つめ続けることになる ぼくには手にこれといった職もないしキャリアもないし 年を取って失業したら 清掃員の求人広告に赤丸チェックを入れたりするんだろうな じゃさ、どんな掃除夫になりたい? 最寄りの祐天寺駅のおじさんは 階段を端から端まで丁寧に掃いてゴミを隅に寄せて 次の段に落として 一番下の段にきたところで塵取りを持ってきて全てのゴミを片付ける 広いプラットフォームもほぼ同じやり方 だんだん大きくなるゴミの山を我慢強く転がして一列掃き終わったところで塵取り 努力の人柄がしのばれます よくメシを食べに降りる隣の中目黒駅のおばさんは 掃除するエリアをあらかじめ細かく区分けしているみたいだ ぼくの目には見えない線に沿って 律儀に箒を動かして動かして ある地点でさっと塵取りを取り出しゴミを片付ける こうしてきれいになったエリアがだんだん増えていく 成果がきちきち目で確かめられる形で仕事を進めているわけですね 勤務先の茗荷谷駅のおじいさん(結構なご高齢)はまた違う ぱっと見渡して一番汚れているとみたところから手をつける 腰に手をやって立ち尽くして狙いを定め ちょこっと歩いては掃いて塵取り、ちょこっと歩いては掃いて塵取り 目立つ汚れがなくなった時点で初めて端から手をつけていく 掃き方は大雑把だけれど 広い場所を手っ取り早くきれいにするにはこれが一番いいのかもしれない 人にはそれぞれやり方というものがあって 試行錯誤の上に編み出された独自の形式性の上に きれいになった駅が成り立っている、ということ きれいになった駅は、だから ただの駅ではなくて 複雑な形式のうねりを隠し持った「きれいになった駅」なんだ さてぼくはどのやり方を選ぶか 或いは全く別の方法を考え出すか その時になってみないとわからないけれど むしろ、その時を待つような気分になって 将来なりたい姿について思いを巡らしながら 今日も速度に流されていくプラットフォームを熱く見つめることになる
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