みかんの山田
ダンボールにいっぱい入ったみかんがデーンと
お正月に実家に帰るってことはつまりはそういうことなんだけど
「ただいま」
「あらぁ、おかえりなさい、遅かったね」
「疲れたぁ、おっ、これはいつもの」
「そうよ、『みかんの山田』さんのみかんよ」
ちょっと説明が必要ですね
「みかんの山田」さんっていうのは
伊勢原でみかんを栽培している山田さんのこと(下の名前は知らん)
ぼくが小学生の頃から、12月の初めになると
「みかんの山田です」と言って近所にみかんを売りに来るおじさん
ぼくは今47歳だからもう30年以上!
ピンポーン
「はーい」
「こんにちはー。みかんの山田でーす」
得体の知れない灰色の平たい帽子かぶちゃってさ
にこにこしながら、でも
「絶対買うんでしょ?」オーラを全身でギラギラ発散させつつ
玄関に佇む
両手は両脇にぴたっ
はいはい、買います絶対買います
買わないとどんなことになるか……
年越しそばが茹る前に
一ついただきましょうか
小粒だけど艶はいい
白いスジを取って口に放り込むと
やや酸っぱさが勝った甘さが口の中に広がった
うん、「みかんの山田」のみかんだ
ものすごーくうまいってわけではないけど
この甘酸っぱさは病みつきになる
小学生の時、掌が真っ黄色になって
慌てた親に医者に連れて行ってもらったら
「こりゃみかんの食べ過ぎです」なんて言われたことがあった
うーん、もう一つ
ものすごーくうまいってわけではないけど
「みかんの山田」のみかんはやっぱ「みかんの山田」のみかんだ
酸っぱくておいしい、「みかんの山田」のみかんを食べていると
少年の頃に見た姿が頭に浮かぶ
大学に入ってからは一度も会ってないから
もうほとんど空想に近いんだけど
両手をぴたっと両脇につけて
にこにこした顔でめらめらと玄関先で垂直に燃えている
それが「みかんの山田」さん
逆らっちゃダメだめだよ
怒りに触れたら
目から白い光線がビーッと発射されて
家も人も、にこにこ・めらめら、燃え上がり
灰も残らない
父が横から口を出す
「さすがにお年だからもうみかんもたくさんは作ってなくて
昔からのお得意様だけを相手にしてるそうだけど
でも、お得意様に売る分は
みかんは木の洞で一定期間寝かせてから出荷するから
痛まないんだって言ってた
確かに『みかんの山田』さんのみかんは他のみかんよりずっと長持ちする
何週間も腐らないし萎びた感じもない
不思議だな」
木の洞って何だよ
そんなんで長持ちするのかよ
ブルルッ
小学生の頃接した印象が蘇ってきた
魔法かよ
魔法使いかよ
ぼくさ
「みかんの山田」さんてさ
親父よりもお袋よりも長生きすると思う
いいや
死なないんだと思う
ぼくが会社を定年退職して引退して実家を継いでぼんやりしてても
「みかんの山田でーす」ってみかん売りに来ると思う
絶対だ
にこにこぉー、めらめらぁーって立っててさ
あ
もしかしたら死ねないのかもしんない
さあ、「みかんの山田」さんのみかん、もう一ついただいちゃおう
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