見え隠れ



美術館を出るとすっかり夕暮れが深くてね
公園脇の長い歩道に出るとびゅんびゅん走る車のヘッドライトに
それはそれは照らし出されて…やがて
ぼく、「見え隠れ」することになっていったの

   *

歩き始めてから「おいでよ」と何度も暗闇に誘われ続けていたぼくは
うん、とも、ううん、とも、返事をしないうちに
「入るよ」と言われるが早いか、もう全身を齧られてしまった
それでも何とか駅へ向かう道を滑っていったの

暗闇に齧られながら滑っていると
ヘッドライトの光がだんだん突き刺さるように感じられてきたの
その中心には<光の子>がいていちいち暗闇を散らしてることがわかってきたの
車道と歩道の間にはプラタナスの並木があるでしょ
プラタナスの木の細々した幹や枝がぼくをかばいきれなくなった時
投げつけられた<光の子>の白い体はっと抱かされ

ああっ顕れてしまう

顕れた体が、暗闇に齧られていた体とぶつかり、その衝撃で
歩道を白く濡らした

暗闇はぼくを見失ってきょろきょろしたらしいけど
それでも何とか、空気に漂う白い溶け≠フ残骸の中からぼくを探し出してくれたの

ぼくはゆるゆる立ち上がってまた駅へ向かう道を
プラタナスの枯れかけた枝のすぅっすぅっの呼吸に合わせて
ゆっくりゆっくり滑っていったの

それからは予測できない間隔が何度も何度も襲ってきて
暗闇に齧られては顕れ、顕れては齧られ
隠れては見え、見えては隠れているうち
「見え隠れ」としての統一体を成すに至ったの

統一体になるといいことあるよ
「見え」と「隠れ」に交互に襲われ寸断されることはなくなった
体を微動だにもさせないでね
ちょいと伸び縮みする気分を味わうだけで、気がついたら進んでいるの
何もぼくを邪魔するものはないの
前方に位置する人や物なんかどんどんすり抜けてしまえるの
高く高く昇り、また急降下し、また左右に鋭くうねる、駅へ向かう道を
何にもしないでどこまでもすーっと滑り続けていればいいの

ぼくは時間の幅≠体の一部として備えているから(ほんとは体の方が一部≠ゥな)
本来共存できない暗闇と<光の子>を
幅≠フ間で会わせてやることだってできる
もっとも<光の子>は幼なすぎて喋れないけどね
暗闇は、「散らされつつある暗闇」と「散らされる前の暗闇」に分かれて存在している
「散らされる前の暗闇」が「散らされつつある暗闇」の脇からにゅっと存在を顕わして
余裕しゃくしゃくで<光の子>をあやしたりする
「いい子だね。こんなに奥まで飛び込んでくるなんて、えらいねえらいね…」

あとで聞いたんだけどね、暗闇は
「予測できない間隔という時間」と「ぼくの体という固体」とを
どうすれば「同じ理解の平面上」で捉えることができるのかについて
真剣に悩んだんだって
そうしないと
ぼくが<光の子>の体を抱く度にいちいちぼくを見失ってしまって大変なんだって
「本来異質な『予測できない間隔』と『君の体』に互換性を持たせる、という難問は
『予測できない間隔』と『君の体』の両者が
『共に存在しない場がある』という点に辛うじて接点を見出し
その接点から両者に同時に侵入することで解決したのだよ」−と暗闇は説明するの

イマイチよくわかんない理屈だけど、でももう大丈夫なんだね

一度だけ、ぼくがすり抜けていく最中
通過した群れの中のたった一人に振り向かれたことがあったの
その時は少しだけ抵抗感≠ェあったかな
その人は「何なのよ、これ?」と小声をあげるが早いか、みるみる
「共に存在しない場」に引きずり込まれていったの
目を大きく見開いた顔の波紋が、暗闇を打って広がって、消えていったの

   *

さて、こうして快調に滑っているんだけど
駅へ向かう道がだんだんぼくに似てきたのに気がついてきたところなの
もうどこからがぼくでどこからが駅へ向かう道だかわからないくらい
時折、プラタナスの枯れかけた枝がぼくの幅≠フ間から顔を出す
「かばいきれなくて、ごめん」   とんちんかんを言うのが、おかしいの



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