距離との会話
本厚木でロマンスカーに乗り換えて新宿方面に向かう お正月休みが終わって 実家のある神奈川県伊勢原市からアパートのある目黒区祐天寺に帰るんだ 「伊勢原に帰る」と言い、「祐天寺に帰る」と言う ぼくとしてはね、どちらにより多く帰っているつもりもないんだよ 距離があるからたまたまどっちかに「帰る」だけ 2日に両親、妹夫婦と一緒に大山へ初詣に行き、ついでに名物の豆腐料理を食べてきた 妹が介護福祉専門員の資格を取ったと言うので、すごいね、と返事をした 甥っ子が社会科の時間に戦時中の生活について発表を行ったと言うので これまたすごいね、と返事をした すごいね、すごいね 両親の「息子」に帰っているとすごいことに多くぶつかる そう言えばお豆腐のフルコースってのもすごくオツなものだったね これから気楽な「一人暮らしの男性」に帰る バックを網棚に載せて指定席に腰を下ろし窓を覗くと 暗がりの広がるガラスの面に ぼくの顔のうすーい輪郭が落ちていて そいつもぼくを覗き込んでいる どちらが多く覗き込んでいるということはない こんな関係が生じるのもぼくとガラス面の間に適当な距離があるからだ そいつは生命体ではなく、質量もぼくより劣るけれど 立派に距離の一端を担っているという点でぼくの身体と対関係をなす対等なパートナーだ おや、ロマンスカーが動き出したようだ 買っておいた缶ビールを上着のポケットから取り出しプシュッと口を開ける 次から次へと浮かんでくるこんな雑念は 対となる相手を持たない、距離そのもの、に抱かれて生まれてくる そう、帰省の時はいつも、距離とふたりきりの会話を楽しんでいるんだ
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