くっきり
世田谷美術館に行った帰りは、必ず砧公園をぶらつく ここは犬の散歩の名所でね アパート暮らしで犬を飼えないぼくは目の保養をすることにしている 犬たちが綱から解かれて交感するいつもの場所 飼い主たちはお互いすっかり顔なじみらしく談笑の声が絶えない でっかいセントバーナードがちんちんして喝采を浴びている 体重が重すぎるのか、今イチこらえる時間が短い でも、感心感心、こんなの初めて見たよ あっ、耳にピンクのリボンを巻きつけた白いチワワが お腹に緑のレースを巻きつけた黒いダックスフントを追いかけ始めた 追うチワワは軽くウーッと唸りながら歯を剥いている 目の奥が黒光り 飼い主たちはお喋りに夢中で気がつかない ダックスフントは飛びついてくるチワワをよたよた必死で躱しながら 足をもつれさせて、逃げる逃げる しっぽを噛まれそうになるのを輪を描くように走って、躱した、うまいぞっ 飼い主たちはまだお喋りに夢中で気がつかない 午後の明るい日差しが 二匹の敵対関係をくっきり浮かび上がらせている このまま仲裁に入る者がいなければ、ダックスフントはきっと長い耳を食いちぎられる (或いはチワワが逆襲に会ってその白い毛を赤く染める) 何が引き金になって二匹の諍いが始まったのかはわからないが 顔合わせから幾らも立たないうちにチワワの攻撃は始まった きっと顔を合わせた偶然だけが引き金だったんだろう きっと公園に足を踏み入れる前から怯える気持ちだけがあったんだろう その怯える気持ちを、自分と同じ位のサイズの犬に投影しただけなんだろう ということは怯えたくて怯えただけで、その怯えが相手に伝播しただけなんだろう 隠されていた怯えが 明るい日差しによって与えられたくっきりした輪郭を着込んで 力強く跳ね回っている 力強く 飼い主たちがようやく気がつき 慌てて二匹を引き離し、抱き上げる 「クッキーちゃん、ダメじゃないの! どうして乱暴なことするの!」 頭をぶつ 抱き上げられたダックスフントは安心したのか、ようやくワンワン吠え始めた 本当に恐しい思いをした時は泣き声さえあげられないものなのか さて、出し物も終わったようだし、そろそろ腰を上げるとしよう お尻についた芝を払いながら、ぼくが横切っているここは さっきまでくっきりした輪郭が力強く跳ね回っていたまさにその場所だ エネルギーを与えられて ぼくの影もくっきりだ
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