首を傾げている人



渋谷センター街で 急に人混みの中を流されていくのがイヤになった
いい加減流されるのはやめにして立ち止まってやろう
相棒がいれば心強いな、よし
立ち止まって三秒間きつく目をつむり(何度か肩をぶつけられた)
カチッと瞼を開くと
正面に立ち止まっている人がビビッと抽出されていた
首を傾げている人 だった
よしよしもう一人相棒を
またすぐ立ち止まってまた今度は五秒間きつく目をつむる(一度だけ肩をぶつけられた)
カチッと瞼を開いたら
ふっと人混みが途切れていて 代りに
ぶよぶよした小さな空き地が出現していた ふっと
気が抜けた 気が抜けた瞬間
ぼくと首を傾げている人はいきなり空き地の胎内に孕まれてしまった
いっけない! 閉じ込められた!
いきなり異種の生物の胎児となって
ふにゃふにゃする子宮の中で立ち尽くさなければならなくなってしまった
もっとも首を傾げている人には
実は五秒間のうちに掻き消えた部分があってね
それは長いサラサラの髪に襲われた楕円形の顔だったり
肩からゆるゆる逃げ出そうとするちっちゃなバッグだったり
握ったソフトクリームにとろけていく手首だったり
要するにね ぼくが一度ビビッと抽出した限りにしか存在しないから
首を傾げている人は体もないままただ首を傾げているだけなんだよ
首を傾げて「いた」人は五秒間のうちに視界から去っている
恐らく今は首を傾げもしないでどっかを流されていることだろう
逆に言うとぼくが流されるのを拒んでここに立ち止まり続ける限り
首を傾げている人も首を傾げたままここにいる、ことになる
でも それも危ないかもね
だって ぼくと首を傾げている人が孕まれているこの小さな空き地は
細胞膜のようなものを一切持たない、外敵の侵入に容易に屈する、
不定形の脆弱な生物、だから
ぼくと首を傾げている人はあと十秒もしないうちに
踏み込んでくる無数の足音とともに この生物の胎内で
ぐしゃっと押し潰されてしまうだろう
首を傾げている人をビビッと抽出した時には影も形もなかったこの生物に
ぼくは思わず ぼく及び首を傾げている人の運命を託してしまった
生物が攻撃を受ければ中のぼくたちは一溜まりもない
あっ足音、来るっ来るよっ ダッダッダダッ あー行っちゃった
生物は何度も外敵に侵されそうになりながら不思議と持ちこたえる
ふにゃふにゃの胎内でぼくはほーっと息をつく
でも限度があるだろう いずれ押し潰されて
あとは流木のようにセンター街を左右に流されていくだけだ
ごめんなさい 首を傾げている人
「べつにいーよ、あたし、首を傾げて『いた』人の中で
スペイン坂をどう行くか、を枕にして眠ってただけだしね
答がわかると首を傾げている必要がなくなってあたしその場で消えてしまうから
ツジさんにビビッと呼んでもらったこと、逆に感謝しなきゃいけないかな
ところでスペイン坂ってどんなトコなの?」
「うーん…パッパッと身を翻す赤い炎の中に二本の尖った骨が
突進しては躱され突進しては躱され、大量の音声が沸き上がる、急斜面
道の真ん中を歩くと炎を両手で操る役目を負わされるから
とても危険だ。脇でじっとしてた方がいいな」
「それじゃつまんないよ。火傷したとしてもやっぱ主役やんなきゃ
それでスペイン坂にはどう行くの?」
「え? だってそれを知ったら消えてしまうんじゃないの?」
「バカだね。知りたいから首を傾げて『いた』人は首を傾げて
それであたしが発生したんじゃん
あたしだって最終的には消えることを目指してんだから」
「せっかく知り合えたのにそんな…ここでできる限り立ち止まって
流されている奴らと戦ってみようよ、ね、ね?
(ダッダダッ)あっ足音が おしまいだ、流されてしまう」
わかった、じゃあたし消えるのやめる。あたし体ないから
生物の輪郭が崩壊して敵が押し寄せてきても流されることがないんだ
だからツジさんの代りにここで立ち止まっててあげる
流されて平気でいる奴らのツラ睨みつけながら…
ツジさんもセンター街を右に左に流されているうち
センター街を出てもずぅーっと流されているうち<
いつかハッと
スペイン坂、赤い炎に尖った二本の骨が突っ込む急な坂が、あったな
あーどう行けばいいんだっけ? なんて首を傾げることがあったりするかも
そんですごーい運が良かったら(すっごい確率だけど)ツジさん自身が
誰かツジさんみたいな人にビビッと抽出されることがあったりするかも
そしたらその時、ツジさんはあたし、だ
スペイン坂をどう行くか、を枕に
首を傾げて
いきなり
センター街通り過ぎる人の顔睨みつかながら立ち止まってる
一人なのになんか誰かと一緒にいるみたいだなーなんて感じながら…」
ダッダッダッ 足音が侵入してきた
首を傾げている人 それじゃまたいつか、すごい運の良い日にまた、ね


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