鑑賞
4月の第一週、昼食の帰りに公園の桜並木を潜る 満開で見事だったりするんだろうな、と思って見上げると 実際そうなのだった 微妙な変化を伴う様々な桜色たちが風に吹かれて泳いでいる 重なり合った花びらがあちこちに小さな"曇り"を作るトコが美しい すれ違う人も皆、頭上を見上げっぱなしだ 足元気をつけて下さいね 昼休みの終了までまだちょっと時間があるし 近くのスポーツセンターに入ってそこのソファーで休憩しようか ほんとは「関係者」以外の立ち入りを禁止しているんだけど 規制が厳しくないので半ば出入り自由、休憩所として重宝している よいしょっ、ふぅ ソファーに体を沈めると 上方にうねる階段の裏側の部分がいやでも目に入ってくる ここに一休みしに来ることは 古いコンクリート特有の染みとかガサつき始めた質感とかを鑑賞しに来ることでもある 建物の年齢はこういうところでわかるんだ 表側をいくらきれいにリニューアルしてても、ね 黒ずんだコンクリートの肌に浮き出た微妙な模様を眺めていて ウキウキした気分が湧いてくることはまあ、ないけれど これはこれで鑑賞であることに間違いはない 再生を果たしつつ死滅に向かっていく植物が 「まさに今を生きている」健気さの比喩として感動的に心に語りかけてくるのに対し こいつは、「最初から生きていない」ものが徐々に劣化していく様を 比喩としてでなくただただ「姿」としてユーモラスに語りかけてきてくれる 実は、染みやガサつきが、階段にとって「劣化」でなく 開花や落花が、桜にとって「輝くはかない命」でないことくらい もちろんぼくにはちゃあんとわかってるんだけどね そんなふうに感じられてしまうのはぼくの鑑賞態度に問題があるせいに過ぎない 問題があるから、鑑賞がやめられない 桜吹雪になってたから来週はもう花見は無理かな? ここもいつかはIDカードなしには入れなくなるのかな?
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