必ず
運転免許の書き換えに鮫洲の試験場に足を運ぶ 「証明写真」屋さん、「書類代書」屋さん、お久しぶり ぼくは事故ゼロの「優良」ドライバー つまりペーパードライバー だから一時間の教習を受ければよし この一時間の必要がなければこの街に来ることなんて一生ないかもしれない 部屋が暗くなってチンケなロック調の音楽が響き、教習ビデオの上映が始まった 「昨年、自動車事故で死亡した人の数は・・・」 やれやれ、貴重な休日の時間をこんなことに割くなんてトホホだな ぼくの隣には小さな女の子を膝に乗せた若い女性が座っている 女の子が教習室をきょろきょろ見回すのをたしなめている 「ミミちゃん、静かにして!」 おかあさんドライバーも大変ですこと まずい、眠くなってきた ん? 停車した車の陰から突然飛び出す小さな女の子 避けようとして塀に激突する車 「……肝心なことは、運転の最中、死角に絶えず注意することです。 物陰には必ず何かが潜んでいると考えていなければなりません」 物陰には必ず何かが…… ん? 必ず? 潜んでいる 潜んでいる 物陰には必ず潜んでいて 飛び出してくる 飛び出してくる 母親の膝の上に抱かれた女の子は 今は黒い大きな目で何やら不思議そうにぼくを見上げているだけだが 物陰を見つけた途端 ふらふらと吸い寄せられるように、潜んでしまう そして生き生きと転がる運動体に早変わりする そして、必ず… 灯りがついてはっとする ビデオが終わったのだ ちかちかする目をしょぼつかせながら教習室を出る これであとは免許証を受け取るだけ 5年はここへは来ないということだ さっきまですぐ横にいた親子は人の波に飲まれてもう見えない 飲まれるなんて、そんなもんさ 「証明写真」屋さん、「書類代書」屋さん 君たちが居並ぶ通りには 物陰が多いね 必ず潜んで、飛び出してくるぼくを もう十年は運転していないぼくは必ず避けることができないだろう 必ず… 「証明写真」屋さん、「書類代書」屋さん、おかあさん、ミミちゃん 「必ず」を使うと変な日本語の文が必ずできるようですね
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