いじめ
帰宅してアパートの鍵をあけようとしたら
いるなやっぱり、あいつ
黒のノラ猫
胸のとこ、ちょっとだけ白い
いつも自転車置き場の辺りで丸くなってるので
気まぐれに煮干を投げてやったのが運のツキ
今ではぼくが帰宅する頃には「お出迎え」をしてくれるまでになった
今日も門を潜った途端にどこからともなく現れて
足元をちょろちょろする
でも触ろうとすると、シャーッ
軽く唸り声をあげるんだよね
さっすがノラ
ちょっと待ってな
冷蔵庫あけてサンダルつっかけて好物のスルメとミルクを取ってくる
手を伸ばしてスルメを鼻先に持っていってやる
スルメの味を覚えてからはもう煮干なんか見向きもしなくなった
匂いを嗅いでぼくの顔を上目遣いで見上げてから
大丈夫と見極めるや否や首を無防備に伸ばして
ぱくっと噛みつく
いじわるしてスルメを引っ張ってやると
足を踏ん張って引っ張り返してくる
結構強い力だな
でもこちらは人間の成人男子だ、君の質量の何倍もあるんだよ
更にぐいと引っ張るとスルメは歯から抜けていってしまう
切なそうな目でぼくを見つめる
悪かったよ
もう一回差し出すと恐る恐る近づいてきて
食いついたかと思うとあとは夢中になってムシャムシャ
よしよし
お次はミルク
ミルクはスルメ以上の大好物だ
ミルクを時々やるようになってからはもう水は飲まなくなった
いつものプラスチックの容器を指差す
ひげをピンとたてて妙に緊張した顔をしているな
容器を指差すと次にミルクをくれると学習しているからだ
でもそう簡単にはやらない
何度か容器を叩く
ノラが姿勢を低くして容器に近づき覗き込むような仕草をする
でもミルクは入っていない
今、にゃーっと鳴きました
5秒くらい目を合わせる
耐えられなくなったノラが視線をはずして後ろ向きになる
が、くるっと一回りすると容器の前で待機の姿勢を取る
背中を丸くして座っているけれどくつろいでいるんじゃないのがよーくわかるよ
また目が合う
今度はずーっと見つめてくる
緊張しずぎたせいかあくびで小休止
またまた目を合わせてくる
さあ、そろそろだ
パックからミルクを注ぎ、容器を指差す
左右をきょろっとしてぼくを最後に一度見上げて
突進!
容器に顔を突っ込んでひたすらミルクをぴちゃぴちゃ
どれ、腰を下ろしてじっくり鑑賞するとしようか
猫が舌で巻き込むように巧みに液体を飲む様子にはいつも魅了される
みるみるミルクが減っていき
遂に容器を舐め尽くすに至る
満足そうに顔を上げたノラとまた目が合った
食べ物を与える行為によって
ぼくがノラをいじめているのは、明らかだ
満腹になったノラは警戒を解いて
体育座りしているぼくからちょこっと離れたところで丸くなっている
触られるのはイヤだが、傍にはいたいのだろう
ノラの方としてはぼくを
食事をくれてちっとは孤独を癒してくれる
人間としてはまあまあな存在とみてくれているらしい
そしてぼくの方は、ノラを
相手が欲しがるものをあげたりあげなかったりする権力を行使する喜びを
味わわせてくれる対象としてみなしているというわけさ
ノラはだから
かわいいよ
頭を撫でようと中腰になって追いかけたら
ぼくの手を危うく逃れて
すっと闇にまぎれた
だけど、慌てない慌てない
座り直してゆっくり待とう
そのうち戻ってくるに決まってるのだから
ほらきたっ
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