ハッカの味
業者がオフィスに「お菓子の箱」を設置していった ぼくの机のすぐ横だ 透明なプラスチックの箱の中に チョコレートとかビスケットとか15種類くらいの菓子が入っている カエルの顔をした投入口に100円を入れたら勝手に選んで取っていってよし 自動販売機ではなく、田舎の農作物の無人直売所みたいなシステムで 業者は「多少現金が合わなくても詮索はしません」と言っているそうだ 初めは、こんな子供が食べるみたいな駄菓子たいして売れないだろ、と思っていたが どっこい、みんな意外と買うんだな 利用率が高いのはやはり若い女子社員で 午後2時を回ると「お菓子の箱」の前に1人2人とやってきて 何やら真剣な面持ちで品定めをし 意を決したようにカエルの口に100円玉を入れるのだ 自分の机に戻ると、即、菓子の袋を破ってうっとりした表情で口を動かしている そのうち男子社員も利用し始めた 夕方近くなってちょっと口さみしくなってくる頃だ 残業に備えて栄養補給を、といったところか 気難しげな顔をしながら「お菓子の箱」の前でポケットの小銭をまさぐっている姿が何ともおかしい ロマンスグレーが美しい、ダンディーな木村部長までが (さんざん迷った挙句に)キャラメルを買ったのには驚かされた 部長の世代の感覚では、そうだ「一粒300メートル」 全部食べたら、あの積みあがった書類、片付けられるかな ぼくは仕事中にはお菓子は口にしない派(その分コーヒーをガブ飲みする)だから 「お菓子の箱」をガサゴソしてる連中をいつも冷ややかな目で見ていたのだが 今日は残業 1人オフィスに取り残されて いかん、ちょっと腹が減ってきた コンビニに弁当を買いにいくという手もあるが 仕事は30分かそこらで終りそうなのでわざわざ外に行くのも何だかなあ 省エネを厳しく言われているので部屋の使わないところの明かりは消している 「お菓子の箱」は向こうの窓の外の微かな光を柔らかく吸い込んで ぷかぷか浮き上がってるみたい この間借りたDVDの中で 地球防衛軍と壮絶な闘いを繰り広げていた宇宙円盤に似た 甘やかな色合いだ 立ち上がって カエル君の口を突っついてやる こんばんは ……コンバンハ いつもオフィスのみんなのために働いてくれてありがとう ……ベツニ、働イテナドイナイ でも口をあけてニコニコしてお金を集めてるじゃないか ……コノ穴は口デハナイシ、笑ッテモイナイ じゃ、何やってんの? ……何モシテイナイ ふーん、ぼくと同じだな ……モウイイカ、コレカラ忙シクナル 忙しくなるって、どうして? ……忙シクナル、忙シクナッタ、アア、忙シイ、忙シイ それきりカエル君は黙ってしまった カエル君は口(のように見える穴)を逆への字型に開いているばかりで ぼくには少しも変わりがないように思えるのだが 多分、すっごく忙しいことをしているのだろう ぼくはもうちょっと仕事をしたらオフィスを出て 駅前の安くてうまい定食屋でジュージューの焼肉ライスを食べるんだ けど、まあいいじゃん、カエル君と初めて喋った記念さ ちゃりん 100円玉を口のように見える穴に落とし 小さなドロップの缶を取り出す 1粒つまむ 「お菓子の箱」が吸い込む光のようにそいつは白い そしてすっきり甘い カエル君、宇宙円盤ってハッカの味がするのかもしれないね
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