ガバッと起きた


よし、結婚してみるかな
布団をはねのけてガバッと起き出したのだった
12月も末に近い、冬休みの第１日目
寒い日は力が入る
で、ガバッと起きた
でも相手がいるわけではないから結婚相談所にお世話になるか、と思った
で、パソコンの前に座りバチバチ検索していった
ここ良さそうだな
窓口に電話をし、午後のアポを取る
ここまで一気
ちょっと疲れた
敷きっぱなしになっていた布団に再び潜り込む

祐天寺の一人暮らしのアパートで
かまい続けて深い関係になりすぎてしまった
ノラ猫のファミとレドを伊勢原の実家に預けることにした
時々様子を見に行く
ファミはすっかり実家に慣れておなかを出して寝たりなんかしている
後から預けたレドはまだ少し緊張気味でオドオドしているが
おやつをねだる仕草を見せたりもするから慣れるのは時間の問題だろう
歓迎して寄ってきた猫たちに
膝に前足かけてよじ登られて
ふぃふぃ匂いを嗅がれたりしていると
そういうすごくね
ウェットなものがね
いい感じにね
思えてね
あったかくてふわふわで湿り気のあるものがね
欲しくなってきていた、ということ
それでね

ずっと一人でいて
その暮らしの、ある硬さとか冷たさとか、が気に入っていた
仕事から疲れて帰ってきて
誰もいない部屋の鍵を開けると
しーんとしきった硬質な空気が
ぼくの全身を冷たく包んでくれる
思わず目をつむりたくなるくらい気持ちが良い
ただいまぁ
毛羽立った無言のカーテンがユラユラゆらめいてくれて
まるでオーロラのようだ……

１３時にさる大手結婚相談所の渋谷支店に到着
入口に高価そうなウェディングドレスなんか飾ってる
ロマンチックなお式のイメージですか
くそっ、ここはぐっと我慢だぜ
やがて若い女性アドバイザーが現れて概略を説明してくれた
にこやかな表情を浮かべながらすぐ話を本契約に持っていこうとする
普段のぼくなら「とりあえず持ち帰って検討します」なのだが
今日はガバッと起きた勢いが背中に張り付いている
「いいですよ、契約します」
アドバイザーの目が喜びに輝いた
「ありがとうございます。それではお手続きを取らせていただきますね。
コーヒーのお代わりはいかがですか？」

説明書やら記入して返送しなければいけない書類やらを抱えて帰宅すると
敷きっぱなしの布団にまた遭遇
ぼくが２度目に起きだした時の姿のまま
もっこり、冷たくなっている
長い間親しんできた
しーんとした冷たさだ
いつものようにそれを視覚で抱きしめようとする
でも、あわわ
ぼくは今朝、ガバッと起きてしまったんだ

ふわふわとした湿り気のあるもの
それに近いものを
女性という存在を通して求めてみることにしたんだ
女性を求めるったって
（普段ぼくが時々やっている）ネットでソレらしき画像を検索した挙句
精液で濡れた指をティッシュでぬぐう形で終わるアレへの興味からでもなければ
飾られていたウェディングドレスの背後に広がる
「素敵な恋愛」への期待からでもない
もっとウェットなもの
前足をかければふぃふぃ匂いを嗅いで嗅がれるようなもの
舌を伸ばせばにゅいにゅい舐めて舐められるようなもの

ただいまぁ、と、おかえりなさぁい、が
この敷きっぱなしの布団の上の枕の弾力で以って
ぷぉんぷぉん押して押し返される、ような

もちろん不安がないわけじゃないんだけどね
でも今朝、起きてみたんだよ
ガバッと、
ガバッと、
ガバッと、だ