遠方
「まだいいですか?」 入るなり声をかけたのは午後2時を過ぎていたからだった 「大丈夫ですよ、おかけください」 おばさんがにっこりする よく昼食を食べに行く春華飯店 「あー、チャーハンください」 注文して備えつけのスポニチを手に取った やれやれ、忙しいとついメシの時間を忘れてしまうな 香ばしいチャーハンを頬張っていると、ぼくの左斜め前の席に 白い前掛けをかけたままの店のあんちゃんがどっかり座った 色白でちょっと太っている、無表情だが意外と気が利く店員さんだ 混んでても必ず席を案内してくれるし注文も間違えない 奥からおばさんが出てきてにいちゃんの前に ラーメン、野菜炒め、ギョーザの皿を置いた 店のあんちゃんのお昼の時間はランチタイムの後になるんだな がらんとした店内で二人の男が食事している 「準備中」の札を出してしまったのでしばらく誰も入ってこない 野菜炒めとギョーザ、うまそうだな あんちゃんの肩の動きはガツガツという擬態語そのものだ 首の後ろにうっすら汗までかいてるよ こいつ、タダでぼくよりいいモン食ってやがる 550円の値段の割にはまあまあの味と思っていたチャーハンが 急にみすぼらしく見え始めた 立ち上がって、たった2、3歩なのだ スポニチを棒状に丸め あんちゃんの頭に「えい」って振り下ろして宣戦布告することも可能 ぼくとあんちゃんは外から見れば単なる食事している二人の男に過ぎず どうかすると似たような者同士みたいに見えるかもしれないけど でも違う この2、3歩は今、途方もなく遠い いつもこの店に来る時は、ぼくはのんびり食べるばかりで あんちゃんは忙しく働いているばかり ちょいと見下してたのに、その優位性は突然崩されてしまった あんちゃんはお金も払わずラーメン、野菜炒め、ギョーザを悠々と食べ ぼくは550円払って、みすぼらしくなってしまったチャーハンをもそもそ食べている さっきまでのそれなりの幸福感はどこへ行った? 白くぶよぶよした敵の影が2、3歩のところにぽっかり浮かんでいる 先制攻撃を仕掛けたら 店のおじさん、おばさんをはじめとする外部勢力全てを敵に回すことになるだろう この戦いは先に攻撃を仕掛けた方が負けなのだ すると戦いが始まっていることにすら気がつかないあんちゃんは既に勝ち? 2、3歩が遠い 食べる手を休め 今まさに野菜炒めを口に運ぼうとする敵の姿を 遠方よりぼーっと見つめるばかりだ
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