「笑顔」
帰ってテレビをつけると聞き慣れてしまった声の「アメイジング・グレイス」が流れ
見慣れてしまった笑顔が映った
歌手の本田美奈子.だ
38歳の若さでの「衝撃的な死」から2ヶ月程たつ
亡くなった直後はテレビでうるさいくらい何度も特番が組まれてたから
聞き慣れ見慣れた歌声と映像にこうしてまた触れると
珍しいな、とか、久しぶりだな、なんて思ってしまう
ぼくは芸能界に全くと言っていい程興味のない人間だから
本田美奈子.といっても実は全然ピンとこない
ヒット曲だという、何とかのマリリンって歌も知らなかったくらいだし
この2ヶ月の間にテレビから特訓を受けさせられ
「ミス・サイゴン」というミュージカルに出演して評判を取っていたこととか
(アジアの女性を小馬鹿にしてるみたいで好きになれない作品だけど)
クラシック音楽にも挑戦して「クラシックの革命児」と呼ばれていたこととかを知った
(あの上ずった声で歌われる「アヴェ・マリア」はどうにもいただけない)
テレビの力ってすごい
繰り返し見ているうちにだんだん対象に親しみの気持ちが湧いてくる
おっ、コーヒーも沸いたかな
額にバンダナを巻き腕を振り上げて熱唱する20年前の映像は微かに乱れ
出演者たちが遠い遠い別の時空からやってきた事実をさりげなく告げる
音を小さくして見入っていると
まるで少女の幽霊が飛び跳ねているようだ
病気になる直前のインタビューで本田美奈子.は
大きな目を異様な程ぱちくりさせながら
やたら前向きな話(意味は希薄だけど)を一生懸命喋っていた
その仕草はただただかわいらしく
若々しい30代の女性というよりは
老いた少女というにふさわしい
あっ、また朗読されるみたいだよ。最後の詩「笑顔」−
「子供も、大人も、おじいちゃんも、おばあちゃんも、
みんな、みんな笑っている顔が素敵。
怒っている顔よりも、泣いている顔よりも、困っている顔よりも 笑顔が一番!!」
やだねえ、38年も生きてきたっていうのに
このいい子っぷりは中学生並だよ、おい
「昔のままのわたし」をお気に入りのお人形のように抱き締めて離さない
その不気味な少女は
暗くて冷たい路地に迷い込んでいって
歩いて歩いて
ゴツン
冷たくなったコーヒー茶碗を持ってフラフラしているぼくと
おでことおでこをぶっつけました
白状するとね
ぼくは何だか本田美奈子.という人の「笑顔」が胸に染みてきて
ちょっと泣けてきてしまったんだよ
チャンネルを替える前の僅かな間だけ、だけどね
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